医療の発達などにより、長い老後の生活を考えたとき、加齢による判断能力の衰えに不安を覚えるのは当然のことです。そうした不安を解消するための「老後の生活支援」の仕組みのひとつが、任意後見契約です。ここでは、その仕組みと、手続の方法、司法書士による任意後見契約を利用するためのサポートについて、解説いたします。
「任意後見」制度とは
「任意後見(にんいこうけん)」とは、判断能力が落ちた際にご自身が選んだ人に「財産の管理」や「日常における取引」などについてサポートを受けるための制度です。
判断能力が落ちるとは、認知症だけではく、交通事故による高次脳機能障害など判断能力が落ちた場合なども含まれます。
多くの場合には、老後の認知症などに備えて当制度が利用されています。
図表 任意後見制度を利用することで受けられるサポート例
任意後見制度を利用することで受けられるサポート例 |
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病院や介護施設入所のための契約 |
金融機関や保険会社との取引 |
不動産の売買契約や賃貸借契約 |
公共料金の支払い |
役所とのやりとり(年金などの受領) |
任意後見制度だけでは不十分
「任意後見」制度の利用だけでは、老後の生活に備えて十分とは言えません。
十分ではないという理由は、①判断能力が衰えるまでの期間のサポートがない、②死後のサポートがないという点です。
①における不十分な理由は、判断能力が衰えた際に任意後見契約がスタートします。そのため、老後に身体機能が衰えたような場合における財産管理に不安が生じる場合があります。
このような場合に備えて、「財産管理契約」を別途契約される場合があります。
②における不十分な理由は、任意後見契約と先ほどの財産管理契約も、契約のご本人が亡くなられた場合には効力を失います。
そのため、葬儀や未払いとなっている病院や介護施設への支払などをおこなうことはできません。そのため、死後におけるサポートを受けるための「死後事務委任契約」を結ぶことがあります。
図表 任意後見契約と財産管理契約、死後事務委任契約
「財産管理契約・死後事務委任契約」の解説
老後を待たずに今すぐ利用できる財産管理契約、死後のサポートを受けるための死後事務委任契約について司法書士が解説します。
- 書式・文例 ・財産管理等委任契約書の書式サンプル
- ポイント解説 ・財産管理契約・死後事務委任契約のメリット・デメリット
任意後見制度について解説
任意後見制度は、任意後見契約を締結し公証役場で作成をおこない、判断能力が衰えた際に家庭裁判所で手続をおこなう必要があります。
これらの手続についてくわしく解説いたします。
任意後見契約の検討(利用形態)
任意後見契約には、次の利用パターンがあります。ご自身の希望に応じて検討をおこないます。
図表 任意後見契約の利用形態
任意後見契約の利用形態 | |
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将来型 | 将来判断能力が衰えた際に任意後見を開始(基本パターン) |
移行型 | 現在、すでに身体的な衰えなどがあり日常の財産管理に支障があるため、財産管理契約などにより支援を受けつつ、判断能力が衰えた際に任意後見契約に移行するパターン。支援の空白期間がないように各種契約を締結することがあります。 |
即効型 | すでに判断能力に衰えがある場合において、任意後見契約締結と同時に家庭裁判所に手続をとり、すぐに開始しサポートを受けるパターンです。なお、判断能力に衰えがあったとしても、意思能力があれば任意後見契約を結ぶことは可能とされています。 意思能力とは「ご自身の行為により、法的な結果を認識し判断することができる能力」のことを言います。 |
任意後見人になれる人
任意後見契約により、サポートを任せる人のことを「任意後見人」と言います。
任意後見人には、次に挙げる方を除き、どのような方でもなることができます。
そのため、司法書士個人や司法書士法人などのように個人、法人の別を問いません。
なお、任意後見人は基本的には無報酬であるため、報酬を支払う場合には別途報酬の定めをする必要があります。こうした任意後見人への報酬や任意後見事務に必要な支出は、契約者であるご本人の財産の中から支払われることになります。
図表 任意後見人になることができない人
任意後見人になることができない人 | |
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未成年 | 法律上成人に満たない者 |
破産者 | 破産手続により破産宣告を受けた者 |
家庭裁判所で解任された法定後見人 | 家庭裁判所で解任された後見人、保佐人、補助人 |
行方不明者 | 行方の知れない者 |
本人に対して訴訟を起こした人、及びその配偶者と直系血族 |
※直系血族とは、対象者を中心にして「タテ」にたどる親族のことを言います。父母・祖父母など上にたどる場合、子・孫・ひ孫と下にたどる場合があります。 |
任意後見人の任務をおこなうのにふさわしくない人 | 不正な行為、普段の行いが悪い人 |
任意後見利用開始のための手続
任意後見契約の内容、任意後見人を決めたら、まずは公証役場で任意後見契約書を作成します。
公正証書で作成する
法律で任意後見契約は「公正証書」で作成することになっています。公正証書は「公証役場」で作成します。
公証役場とは、法務省が管轄する国の役所で、そこに勤める公証人は元裁判官、弁護士などの法律の専門家です。法律上間違いのない文書の作成などをおこなっています。
原則、公証役場へ問合せのうえ、役場まで訪問し作成します。しかし、身体に障害があるなどの場合には自宅や病院などに出張を依頼することも可能です。但し、料金が加算されますので、詳しくは公証役場で確認されると良いでしょう。
図表 任意後見契約書作成のための必要書類・費用
任意後見契約書作成のための必要書類・費用 | |
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必要書類 |
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費用 | 公証役場の費用:4枚まで11,000円(以降1枚につき250円) 任意後見の嘱託登記:4,000円 内訳:法務局に納める次の費用 印紙代 2,600円 登記嘱託料1,400円 その他、郵便料金などがかかります。 |
公証役場で任意後見契約書を作成されると、公証役場から法務局に「任意後見契約」の登記申請がなされます。
これにより、取引の相手方は、任意後見人の氏名や、本人からどの範囲で代理権をもっているのかを確認することができるため安心して取引をおこなうことができます。
家庭裁判所での申立て
任意後見契約書を作成したのち、本人に判断能力に衰えがみられた場合に、家庭裁判所に対して「任意後見監督人選任申立」をおこないます。
この申立手続は、家庭裁判所による任意後見人の活動を監督する「任意後見監督人」を選任するためのものです。家庭裁判所の選任する任意後見監督人を通して、適切に本人がサポートを受けられるように保護をはかっています。
この任意後見監督人に支払う報酬は、家庭裁判所が管理財産額を踏まえ決定します。この報酬は、本人の財産から支払われます。
判断能力が衰えたと判断されるには
判断能力の衰えたとするタイミングはいつでしょうか。
これは家庭裁判所に対する任意後見監督人選任申立手続に「医師の診断書」も必要とされていることから、医師の判断を受けることが必要です。
その判断能力の診断は、長谷川式認知症スケールなどをつかって医師が判断をおこないます。
申立手続の流れ
基本的な「任意後見監督人選任申立」の流れは次のとおりです。
図表 「任意後見監督人選任申立」の手続の流れ
申立の準備 | 家庭裁判所への申立に必要な書類を準備し、申立書を作成します。 |
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申立手続 | 管轄の家庭裁判所に対して申立をおこないます。郵送、窓口のいずれでも可能です。 |
裁判所で審理 | 提出された内容などをもとに、家庭裁判所において審理をおこないます。 |
裁判所で審判 | 家庭裁判所による任意後見監督人選任の審判と、法務局への登記をおこないます。 |
任意後見の開始 | 任意後見が開始したのち、任意後見監督人による監督もスタートします。 |
任意後見の終了 | 本人または任意後見人の死亡または破産により終了します。 |
以下、流れにそって、詳しく解説いたします。
申立書類の準備
本人の判断能力が衰えた時点で、次の資料をそろえ、本人の住民票の住所地を管轄する家庭裁判所に対して手続をおこないます。
申立てできるのは、本人、本人の配偶者、4親等以内の親族(①親、祖父母、子、孫、ひ孫、②きょうだい、甥、姪、③おじ、おば、いとこ、④配偶者の親、子、きょうだい)、任意後見受任者です。
図表 「任意後見監督人選任申立」の必要書類
「任意後見監督人選任申立」の必要書類 |
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家庭裁判所での審理
裁判所において、提出された資料をもとに、次のような流れで手続(審理)がおこなわれます。
図表 家庭裁判所における手続の流れ(「任意後見監督人選任申立」)
申立手続 | 家庭裁判所へ郵送、又は窓口に申立書類一式を提出します。 |
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裁判所で審理 |
調査
聴取
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裁判所の審判 |
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任意後見事務の開始
任意後見監督人が選任されると、任意後見受任者は晴れて任意後見人となりその職務をおこなうことができるようになります。
その仕事の範囲は、任意後見契約の内容にそっておこないます。
本人に代わっておこなう後見人としての行為は、①財産の管理に関するもの、②療養・看護など生活に関わるものがあります。
①財産管理に関する行為が、任意後見契約に代理行為の範囲に含まれている場合には、まず財産調査をおこない、財産目録を作成します。財産目録を作成のうえ、任意後見監督人に提出し、その求めに応じて財産の管理状況や収支の報告をおこないます。
②療養・看護など身上保護(しんじょうほご)に関する法律行為が後見事務の範囲になっている場合は、介護施設などをおこなった場合には、契約書のコピーなどを取っておくなど、適切な管理をおこないます。
任意後見契約の終了
任意後見契約は、次の場合に終了します。 本人または任意後見人の①死亡、②破産により終了します。
なお、任意後見契約の終了と少し異なりますが、任意後見人を解約することも可能です。任意後見人の解約は、①不正行為がある、②後見人としての任務に適しない事実がある場合に、家庭裁判所に対して解任を請求することができます。
解任を請求できるのは、①本人、②任意後見監督人、③本人の親族、④検察官です。
また、一方で任意後見人自身がその職務を辞任することもできます。
但し、勝手な辞任は許されず、大病を患っている、海外赴任など任意後見人としての事務をおこなうことが困難となるような場合など正当な事由が必要になります。
こうした場合には、任意後見人は家庭裁判所に対して辞任の申立をおこない、裁判所がそれを判断します。
任意後見手続のフルサポート
以上のように、任意後見契約を結んでからその後見事務の終了まで、さまざまな手続が必要となります。
その資料の収集や手続は、多くの場合において家族など周囲の方にとって日々の大きな負担となっています。
当事務所では、任意後見契約締結から、家庭裁判所への申立手続までサポートをおこなっております。
ご本人さまのおかれた状況、ご希望を踏まえながら、任意後見契約を補完する財産管理契約や死後事務委任契約なども必要ではないか一緒に検討しつつ、しっかりとアドバイスをおこなっております。
老後の生活に不安がある方、ご家族さまはぜひ上垣司法書士事務所までお気軽にご相談ください。
財産管理契約・死後事務委任契約
遺言書を作成する際に、利用されることが多い財産管理契約と死後事務委任契約。老後の生活サポートに不安がある方のために、これらの「老後支援」のための仕組みについて、司法書士が解説いたします。