暦年贈与と相続時精算課税制度、令和5年税制改正でどう変わった?相続対策への影響を解説
法改正情報
執筆者 司法書士 上垣 直弘
- 兵庫県司法書士会登録番号 第1549号
- 簡易裁判所訴訟代理認定番号 第712178号

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目次
暦年贈与と相続時精算課税制度、令和5年税制改正でどう変わった?相続対策への影響を解説
贈与税の制度、特に「暦年課税制度(暦年贈与)」と「相続時精算課税制度」について、令和5年度税制改正により重要な変更がありました。
この改正は、相続税対策を見すえた生前贈与に大きな影響を与えます。
相続税を見すえた生前対策において、どちらの制度が有利かは、個々の状況によって異なります。
本記事では、それぞれの制度の概要、メリット・デメリット、そして法改正による変更点に触れながら、改正後の生前贈与の考え方や注意点を解説します。
贈与税制度改正の概要
令和5年度税制改正(令和6年1月1日施行)では、相続税と贈与税を一体として捉え、生前贈与の課税ルールが見直されました。
この改正は、資産移転の時期にかかわらず最終的な税負担が大きく変わらないようにすること、また、より若い世代への資産移転を促進することなどを目的としています。
主な改正点は以下の2つです。
参考 贈与税制度の改正点
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相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除が新設されたこと
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暦年贈与における相続発生前の加算対象期間が延長されたこと
これらの改正により、どちらの制度を選択するか、あるいはどのように組み合わせて利用するかの検討がより一層重要になりました。
特に、相続時精算課税制度に基礎控除が新設されたことで、この制度の使い勝手が向上し、相続税対策の選択肢が広がっています。
1. 暦年課税制度
暦年課税制度は、年間110万円の基礎控除を利用して少額の贈与を計画的におこない、長期間で財産を移転したい場合に有効な手段ですが、法改正により相続開始前の加算期間が延長され、注意が必要です。
暦年課税制度の概要
暦年課税制度とは、1月1日から12月31日までの1年間(暦年)に贈与を受けた財産の合計額に対して課税される制度です。
贈与を受けた財産の合計額が110万円以下であれば、贈与税はかからず、原則として贈与税の申告も不要です。
この110万円を「基礎控除」といいます。
110万円を超える贈与に対しては、110万円を差し引いた額に税率をかけて贈与税が課税されます。
税額は、贈与を受けた財産の価額(相続税法に基づき評価した額)から110万円の基礎控除を差し引いた金額に対して計算されます。
税率は贈与額に応じて高くなる累進課税(最高税率55%)です。贈与税の税率は、贈与者と受贈者の関係によって「特例税率」と「一般税率」の2種類があり、直系尊属(親や祖父母など)から成人である子や孫への贈与には特例税率が適用され、一般税率よりも税負担が軽減されます。
贈与する財産の種類に制限はありません(現金、預金、不動産、株式など、あらゆる財産が対象となります)。
暦年課税制度のメリット
年間110万円以下の贈与であれば非課税であり、手続きも比較的簡便です(贈与税の申告が不要)。
長期間にわたって毎年少しずつ贈与をおこなうことで、非課税枠を活用して多くの財産を次の世代に移転することが可能です。
例えば10年間計画的に贈与することで、最大1,100万円の財産を非課税で移転できる可能性があります。
受贈者(贈与を受ける側)に年齢等の要件はありません。
自分のペースで贈与計画を立てやすい点がメリットです。
暦年課税制度のデメリット
令和5年度税制改正により、生前贈与により取得した財産を、相続発生時に相続財産に持ち戻して相続税の課税対象とする「生前贈与加算」の対象期間が延長されました。
参考 相続税における「持ち戻し」とは?
被相続人(亡くなった方)が亡くなる前に行った特定の贈与を、相続発生時の相続財産に加えて相続税額を計算し直す仕組みのことです。
これは、相続税の負担を不当に逃れるために、亡くなる直前などにまとめて贈与を行ってしまうことを防ぐ目的があります。
ただし、全ての贈与が対象になるわけではなく、対象外となるものもあります。詳細は税理士に確認されることをおすすめします。
暦年課税制度の改正前(令和5年12月31日までの贈与)
相続開始前3年以内の贈与が持ち戻しの対象でした。
暦年課税制度の改正後(令和6年1月1日以降の贈与)
相続開始前7年以内の贈与が持ち戻しの対象となります。
この加算期間の延長は段階的に適用され、令和13年1月1日以降に発生する相続から完全に7年となります。
ただし、延長された4年間(相続開始前3年超7年以内)に受けた贈与のうち、合計100万円までは相続財産に加算されないという控除枠が設けられています。
この100万円控除は、複数年で受けた贈与の合計に対して適用されるため、毎年100万円が控除されるわけではありません。
この改正により、特に高齢者から財産を受け取る場合など、相続までの期間が短いケースでは、暦年贈与による相続税対策の効果が以前より小さくなる可能性があります。
したがって、相続税の負担を確実に軽減するためには、より長期的な計画が必要となります。
贈与額が基礎控除の110万円を超える場合、累進課税により贈与税率が高くなる可能性があります。
贈与税の負担割合は贈与額に応じて大きくなります。多額の贈与を一度に行うと、相続税よりも高い税率が適用される可能性があります。
2. 相続時精算課税制度
相続時精算課税制度は、まとまった財産を一度に、あるいは比較的短期間で贈与したい場合に有効な制度でしたが、法改正により年間110万円の基礎控除が新設されたことで、少額の贈与にも活用しやすくなり、使い勝手が向上しました。
相続時精算課税制度の概要
相続時精算課税制度は、贈与時には大きな非課税枠を利用でき、贈与者が亡くなった相続時に、その贈与財産と相続財産を合算して相続税を計算し、既に納めた贈与税額を控除(精算)する制度です。
贈与者ごとに累計で2,500万円までの「特別控除」枠を利用して贈与税が非課税となります。
2,500万円を超える贈与に対しては、超過分に一律20%の税率で贈与税が課税されます。
一度この制度を選択すると、同じ贈与者からの贈与については暦年贈与制度に戻ることはできません。
適用対象となるのは、贈与をした年の1月1日時点で「60歳以上の親または祖父母」(特定贈与者)から、贈与を受けた年の1月1日時点で「18歳以上の子または孫」(受贈者)への贈与です。(令和4年3月31日以前の贈与については20歳以上)
この制度の適用を受けるためには、贈与を受けた年の翌年の贈与税の申告期間内(2月1日から3月15日まで)に「相続時精算課税選択届出書」を税務署に提出する必要があります。
贈与税額がゼロ(特別控除枠内)であっても、初回の適用時には届出書の提出が必要です。
相続時精算課税制度のメリット
累計2,500万円までのまとまった財産を、贈与税負担なく次の世代に移転できます。
贈与した財産の価額は贈与時の評価額で固定されるため、将来値上がりしそうな不動産などを早期に移転するのに有利な場合があります(将来の相続税負担を抑えられる可能性がある)。
令和6年1月1日以降の贈与から、相続時精算課税制度にも年間110万円の基礎控除枠が新設されました。
この年間110万円までの贈与については、2,500万円の特別控除枠とは別に非課税となり、贈与税の申告も原則不要です。(ただし、初回の適用時は「相続時精算課税選択届出書」の提出が必要です。)
さらに、この年間110万円の基礎控除枠内の贈与は、贈与者が亡くなった時にも相続財産への持ち戻しが不要となりました。
これにより、少額の贈与を毎年行いつつ、必要な時には2,500万円の特別控除枠を利用するという使い方が可能になり、この制度の柔軟性と使い勝手が大きく向上しました。
相続時精算課税を選択した場合でも、年間110万円までの贈与であれば、確実に相続財産を減らすことができるようになったと言えます。
相続時精算課税制度のデメリット
一度選択すると同じ贈与者からの贈与について暦年課税制度に戻ることはできません。
贈与者が亡くなった時に、この制度を適用した贈与財産全て(贈与時の評価額)が相続財産に持ち戻され、相続税の課税対象となります(年間110万円の基礎控除内の贈与を除く)。
そのため、相続税がかかる場合は、贈与税の節税には原則としてなりません。
相続税が発生する場合、贈与税と相続税を合わせた税負担が暦年贈与より重くなる可能性もあります。
贈与した財産が贈与後に値下がりした場合でも、相続時には贈与時の評価額で持ち戻されるため、結果的に税負担が増加する可能性があります。(ただし、災害によって一定以上の被害を受けた場合は再計算の特例があります。)
なお、注意点として、この制度の利用には、贈与者・受贈者に年齢要件があり、相続税の申告が必要になります。
また、小規模宅地等の特例など、相続発生時の特例の一部が適用できない場合があります。
3.どちらが有利か?改正を踏まえた判断のポイント
結論として、「暦年贈与と相続時精算課税制度のどちらが有利か」は、個々の状況によって大きく異なります。
改正後は相続時精算課税制度の活用が有利になるケースが増えていくと思われます。
贈与する財産の額、種類、贈与の目的、贈与者の年齢・健康状態、将来の相続財産の予想額、相続人の数、相続税の基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人の数)、そして何よりも「相続税が発生するかどうか」によって、有利・不利は大きく変わります。
改正を踏まえた上で、一般的に以下のような傾向が考えられます。
暦年贈与が有利になりやすいケース
- 相続までの期間が十分に長い場合
相続開始前7年超の期間にわたって、年間110万円以下の少額ずつ贈与を計画的に行いたい場合、生前贈与加算の影響を避けることができます。 - 将来の相続財産の総額が、相続税の基礎控除額内に収まる可能性が高い場合(相続税がかからない場合)
相続税がかからない場合は、どちらの制度を選択しても相続税は発生しませんが、暦年贈与であれば手続きが簡便なケースが多いです。 - 贈与する財産が将来大幅に値上がりする可能性が低い場合
- 推定相続人以外(孫など、遺贈を受ける予定のない人)に贈与する場合
これらの人への暦年贈与は、相続時精算課税の対象外であり、また相続時の生前贈与加算も適用されないため、贈与税のみで課税関係が完結し、有利になるケースがあります。
相続時精算課税制度が有利になりやすいケース
- 改正後の年間110万円の基礎控除を活用したい場合
相続時精算課税の基礎控除額を利用した毎年110万円以下の贈与であれば、相続時に持ち戻されず、確実に相続財産を減らすことができます。これは、相続税がかかる可能性がある方にとって特に有効な選択肢となりました。 - まとまった額(2,500万円以下)の財産を早期にまとめて贈与したい場合
- 将来値上がりが予想される土地などの不動産などを早期に移転したい場合
贈与時の評価額で固定されるため、将来の相続税評価額の上昇を抑える効果が期待できます。 - 相続税がかかる場合であっても、年間110万円の基礎控除枠を確実に活用し、将来の相続財産からその分を減らしたい場合
- 相続までの期間が比較的短い場合
暦年贈与の7年加算の影響を受ける可能性が高い場合、相続時精算課税の年間110万円控除を活用する方が有利になるケースがあります。
特に、相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除(非課税枠)ができたことで、相続税がかかる可能性がある方でも、まずは年間110万円までの贈与を相続時精算課税制度で行い、将来の相続財産から確実に減らしていくという選択肢が有利になると考えられます。
また、親と祖父母など、複数の贈与者から贈与を受ける場合、それぞれの贈与者について暦年贈与と相続時精算課税制度を選択することができます。
例えば、父親からは相続時精算課税制度の年間110万円の基礎控除を、母親からは暦年贈与の基礎控除110万円を利用することで、年間合計で220万円までの贈与を非課税で行うことも可能です。
ただし、同じ贈与者からはどちらか一方の制度しか選択できません。
4.改正を踏まえた生前贈与対策の考え方
結論として、改正後の税制下では、ご自身の財産状況や家族構成、将来の相続に関する見通しを正確に把握し、計画的に生前贈与を行うことがより一層重要です。
年間110万円以下の贈与は相続時精算課税制度での活用を優先的に検討
相続税がかかる可能性がある方は、まず相続時精算課税制度を選択し、年間110万円までの贈与を行うことを検討しましょう。
これにより、贈与税・相続税の負担なく、確実に相続財産を減らすことができます。
暦年贈与は長期的な視点で活用
相続までの期間が長く見込める場合や、相続税がかからないと予想される場合は、引き続き暦年贈与による計画的な資産移転も有効な手段となり得ます。
7年超の期間で基礎控除枠を活用する戦略が基本となります。
相続時精算課税制度の2,500万円特別控除の活用
まとまった財産を一度に移転したい場合は、相続時精算課税制度の特別控除を活用することを検討します。
特に、将来値上がりが予想される財産がある場合に有効です。
贈与時の価格で評価額が固定されるメリットがあります。
贈与契約書の作成
暦年課税制度、相続時精算課税制度のいずれを利用する場合でも、贈与の事実を明確にするために贈与契約書を作成することをお勧めします。
特に暦年課税においては、名義預金などと判断されないためにも重要です。
贈与した財産や金額を明記し、贈与者と受贈者の間で合意したことを示す書類となります。
相続時精算課税選択届出書の提出
相続時精算課税制度を選択する場合は、贈与税額がゼロであっても、初回の贈与を受けた年の翌年3月15日までに必ず「相続時精算課税選択届出書」を提出してください。
提出を忘れると制度が適用されません。
必要な添付書類を確認し、期限内に提出しましょう。
この書類提出によって制度の適用が開始されます。
5.まとめ
令和5年度税制改正により暦年贈与と相続時精算課税制度は大きく変更され、生前贈与を通じた相続税対策においては、より慎重な検討と専門的な判断が不可欠となりました。
暦年課税における生前贈与の相続開始前加算対象期間が延長された一方で、相続時精算課税制度に年間110万円の基礎控除が新設され、この制度の使い勝手が
向上しました。
これにより、「年間110万円までの贈与であれば相続時精算課税制度が有利になるケースが多い」という新たな常識が生まれつつあります。
どちらの制度を選択すべきか、あるいは両制度の特性をどのように活かすかは、贈与・相続に関わる皆様の家族構成、財産状況、将来のライフプラン、相続税の試算結果など、様々な要因を総合的に考慮して判断する必要があります。
判断を誤ると、かえって税負担が増加してしまう可能性もあります。
ご自身の状況にとって最も有利な選択をするためには、必ず税金に関する専門家である税理士に相談し、正確なシミュレーションなどを行いながら慎重に検討を進めることを強くおすすめします。
税理士は、改正内容を正確に理解し、個別の状況に合わせた最適な生前贈与および相続対策を提案してくれます。
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